Book&Beer (&me)

ある受講者(菅付雅信の編集スパルタ塾−第三期−)の記録

11.10. 課題⑨「電通 クリエイディブディレクター高崎卓馬氏」

課題9つ目。今回の課題は、

 「東京を海外の人に宣伝するためのWEB動画を考える」
課題提出はパワポですが、必ず、企画の内容と絵コンテを付けてください。 「(WEB動画の)理想は1分。長くても3分。」を基本に考えてください。

 

うむ~。

以下、プロセスで思い浮かんだことを羅列。


ロランバルト「この都市は中心を持っている。しかし空虚な中心である。」

→だめだ、ロランバルトから始めたんじゃ、うまく着地できる気がしない。


タランティーノにCMを撮らせる。

→本どうすんだ。丸投げじゃ企画にならない


中沢新一「アースダイバー」的視点で、縄文から続く土地の記憶を現前させる

→これまでそんな映像見たことないのは、あの世界観を視覚化できる天才が現れてないから。イメージに難いそんなものをコンテで扱ったら、みんなでぽかーん必至。

 

外国スパイが本国に東京の視察情報を報告する体でとんでも分析を

→全編説明になっちゃうんだよなー しかもそういうCM多いよなー

 

「日本人は、切腹しません。」 とか、

「礼を重んじる日本では、お手洗いでトイレットペーパーの端を三角にして出ます」とか浮かんだコピーも、東京の象徴としてのストーリーに落としこめず。。

 


とか考えながら出来上がったのが こちら。

 

 

結局、発表はしたものの

「東京の魅力はあれもあるし、これもある」って絞り切れなかったのが敗因。

とはいえ、東京の差別化を可能にする1シーンを取り上げて料理してそれでクライアントOK出るのだろうか」とか妙に広告会社仕事のリアリティを持って臨んでしまった。


これは塾であり、出されているのは課題で、求められているのは企画の切り口とか断片なのだ。社会的な常識に照らして、イメージの拡張に制限を設けてしまう。これはもはや性分である。っていってもこんなん実際の企画として通りっこないでしょう〜、ってブレーキかけちゃう。

 

ということで、いくつかの観光資源を縦串で通してオムニバス形式にするのは極力避けようと意識していたものの、ふたを開けてみればやはり予定調和からは逃れられなかった。

 

で毎回気づかされるのが、己の偽ざる真面目さ。

アウトプットとして出てきたものに、自分の真面目さを痛感する。

凡庸であるとか、画一的である以前に、やはり真面目さを抜ききれていないのだ。


なぜだ!なぜなんだ!

あんなにも憎み続けてきた真面目さ!

人間としては、こんなにもフザけてるのに。。

昨日だって、仕事中にうんこのスライムで遊んでて部長に怒られたのに。

内面から、A型家系ゆえの真面目さがにじみ出てしまう!

 

高崎さんからは、「人にぶつかるという前段がほんとにタックルになるってダジャレじゃん。東京の人との触れあう接点というところですごく期待したんですが。企画趣旨もコピーもダブルでダジャレにはなってるなとは思うんですけど、ダジャレって強引なところがあるので、実際外国人が来たらぶつかろうってなるか考えるとぶつからないですよね。おもしろでいくならおもしろで、おもしろくする方法はまだあるような。タックルされて次もタックルって繰り返しだとやはり予定調和になってしまう。タックルする、タックルする、タックルしないとか裏切りを入れないとね。」


「たとえば、東京という舞台を使わずに東京の良さを描くという制約を与えると途端に楽しくなったりする。そうやって負荷を与える、制約が与えられると、みんな東京のシーンを使って表現を考えるなかで、一人だけ制約があると人とは違うものが出来る。イデアって制約から生まれることがある。制約を最初に見つけるとすごく楽になる

 

菅付さんからは、

「これは完全にお笑いネタと受け止めて見たんですけど、すごく無理がある。その無理をうまく消化で出来ていればいいのかなあ。いまひとつラグビーにする根拠の弱さみたいなものを感じたんで、そこをほんとに、これ冗談です、と吹っ切れているものになってるとよかったのかな。ひとつだけ、今回みんな真面目な表現が多い中で、ジョークに挑戦してるところは評価する」とぞ。 



他の発表者のプレゼンを見ていて思う。

具体的な提案の前段、課題認識と問題設定の段階でものすごいインスピレーションを受ける切り口がしばしばあった。それを聞いた時点で「ダメだ今回はこの人に持ってかれたな」と思ってしまうほどだが、それがアウトプットまで落ちていないケースが多い。

この点は自分自身の提案にも言える。

つまり、自分で鉱脈をなぞりながら、そこにまだ気づけてないという状況。

なんてこった。

 

高崎さんは、ほんとのプロでした。
自分の仕事への矜持と信念で、どんなときでも仕事脳をしている人だった。
こういう人が、一番先頭を走っているのは納得するし、見習わなければならない。